それが最善の設計プロセス
時には建築でも1本の木からはじまることもある。
クライアントとの初回打合せでは、要望を一通り傾聴し、何でもいいから話をしてもらおうとする。様々な問いかけをしたり、ご自宅にお伺いしたならば、室内にあるものに関心を持って尋ねたり、思い入れやこれだけは絶対のようなことも、特にマニュアルがある訳でもなく、その場の即興で、事前に準備もしないようにしている。
何かが情報として事前に頭に入っていると、自分にとって都合がよい言葉や話をクライアントから引き出そうとしてしまい、本来そこでしか聴くことができなかったことに辿り着けないような気がするからで、その場で聴きたいのはクライアントが本当に欲している心の声、それがわからなければ打合せをしている意味がなく、時間のムダで、メールやメッセージでやり取りすれば事足りる。
不思議なことを突然クライアントが言い出した。
「この木は父親が亡くなってから突然生えてきたのです」
「だから、建て替えする時にこの木は切らないで欲しい」
だだ、古い家を解体する時にその木が邪魔になり、解体業者が勝手に敷地の北西の角に植え替えてしまった、こちらが全く意図しない場所に。だから、その木をまた移動することもできた。でも、しなかった。
突然生えてきて、また意図しない場所に移動して、その状況をそのまま活かして設計することがクライアントが欲していることではないか、その木に父親を重ね合わせているのがわかった。
木を活かすならば、その木がある場所を庭として、外に出られる場所とし、室内の空間と連続させたい、その空間はリビングやダイニングなどの家族が集まる所で、その空間のどこからでもその木が見えるようにしてあげたかった。
料理をしてキッチンに立っている時も顔を上げると視線の先にはその木が見え、ダイニングからリビング、リビングからダイニングへと移動する時もその木が自然と視界に入るように。
その木から派生して空間の用途を順に決めていった、普通はそのようなことをしないが、この住宅ではそれが最善の設計プロセスだと考え、そして、そのように実現した。